掲載日:2024.11.22

「日本の劇」戯曲賞2024 最終選考委員選評new

2024年11月22日


『日本の劇』戯曲賞2024最終選考委員選評  


「日本の劇」戯曲賞2024(主催/日本劇団協議会)の最終選考会が2024年10月7日、日本劇団協議会会議室にて行われ、次のとおりに決定しました。
最終選考委員の演出家は、板垣恭一、小林七緒、五戸真理枝、内藤裕敬、宮田慶子の5氏(敬称略、五十音順)です。

【佳作】(受付番号順)

『海ではないから』 七坂稲

『Dive』 よしだあきひろ

           
今年度の応募総数は53作品。一次選考を経て最終候補作品として選出されたのは、次の5作品でした。

【最終候補作品】(受付番号順)

          広島友好   『ブレイクウォーター Breakwater』
          白川哲次   『昨日のことのように覚えてる』
          七坂稲    『海ではないから』
          茉莉花    『加齢なる役者たち』
          よしだあきひろ『Dive』

   



■【最終選考委員選評】■

 板垣恭一

佳作、二本のうち『海ではないから』を推しました。様々な形で描かれる「暴力」が炙り出す人間模様が興味深かったからです。ただ全体的には物語を消化し切れていない印象です。個々のセリフや場面に対するこだわり同様、もう少しだけ引いた視点もあればと思いました。作者は2回目の佳作受賞ですので、今後にも期待したいと思います。

『Dive』は、社会問題を象徴するようなキャラクターを次々に登場させる仕掛けが面白かったです。閉塞感にも共感できました。しかしループを繰り返す構造に説得力を感じませんでした。例えば繰り返される外からの音はなにを表しているものなのか。もう少しヒントが欲しかったです。

『ブレイクウォーター Breakwater』は、ハラスメント行為をした人物を利益のために組織に戻そうとする人と、食い止めようとする人の攻防がどう着地するのかに期待しました。しかし様々な立場の人がいながら、その違いがドラマを深める部分が少なく、もう一点いま「家族」を描くなら家族という人間関係の限界にも触れて欲しいと思いました。

『昨日のことのように覚えてる』は、高齢化社会で自分の人生をどのように終わらせて行くべきかを考えさせてくれる作品でした。ただ、主人公男性2名のキャラクターが設定通りに書き分けられているかという点で疑問が残りました。登場人物を少人数に絞ったアイディアは面白いので、より効果的になるひと工夫が欲しかったです。

『加齢なる役者たち』は、それなりの年数演劇に関わってきている身としては他人事と思えない話でした。ゆえに気になったのは設定の甘さでした。売れた人は器用もしくは悪人、そうでなかった人は逆という人物像から展開される物語には違和感がありました。せめて売れているけど善人、売れてないけど悪人などが登場してくれたらと思いました。

個人的な印象ですが、葛藤の原因として「わざわい」に重きが置かれる物語が世の中に増えてきたと感じています。「わざわい」とは人間の意思でコントロールしきれないモノという意味で、たとえば貧困、祟りや悪魔的な何か、労働環境、老い、病気、世代間ギャップなどなど。この場所で十数年、さまざまな応募作を読みながら、何かが変わりつつあると感じています。この世知辛く生きづらい時代に、どのような物語が説得力を持つのか。今後の皆さんの応募に期待しております。

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小林七緒


『ブレイクウォーター Breakwater』
監督のパワハラで部員が自殺した駅伝部の話。部活動でのパワハラに対する憤りが作家に強くあるのだろう、よく調べて書いている。が、その分登場人物がかなりステレオタイプになってしまった。身勝手な関係者やパワハラ業者など、登場人物が役割重視で存在しているので、関係性が変化していかない。心の動きが描き切れていないので、後半で丸くおさまっていくのに唐突感があった。

『昨日のことのように覚えてる』
季節の移り変わりや時間経過などシーン構成はよく考えられているが、高齢男性2人の言葉遣いが序盤から似ておりすぐに仲良くなったため、背景や性格の違いがわかりにくい。物語はすんなり入って来るのだが、全体に抑制が効きすぎたように思う。認知症の妻のことなどで、思わず感情が溢れてしまう瞬間も見えると、男性2人の関係の変化にもっと幅が出たのでは。「演じるのは若い俳優が好ましい」と指定していることも、あまり効果を感じられなかった。

『海ではないから』
冒頭の数ページで、説明しすぎずに関係性を見せていて上手い。ロシア人の母と息子、再婚相手の家族という設定も面白い。ただ、主人公の母への想いは伝わるのだが、ロシア・ウクライナの話がいまひとつ生かし切れていないと感じた。登場人物たちが会話の中で影響を受けあえているので、大切なところをモノローグにしたのは勿体なかった。

『加齢なる役者たち』
昔の劇団仲間の現在。人物の設定も物語の展開も少年漫画のようにわかりやすい。最初の長いシーンで人物の状況と関係を説明したあとは、短いシーンがラストまで連続し、全体に食い足りないまま進行してしまった。難しいことは言わず楽しませようという意図はわかるのだが、舞台作品としてのシーンの繋ぎ方やバランスも工夫してほしい。ウサギのダンスは楽しかった。

『Dive』
集まっている人たちはみな、その中の一人がいま書いている戯曲の登場人物で、という設定。社会問題についても取り入れながら、演劇ならではの遊びに挑戦している。人物たちが勝手な行動をして話が行きつ戻りつするので、次はどうなる?とワクワクして読み進めた。ただ、後半「外」の異常に気が付いてからをどうしたかったのか、作家に迷いがあるように感じた。かなり重要な意味をもつ「外」の音や熱、謎の飲料について回収されないまま、あっさり結末をむかえてしまう。登場人物たちにとって謎のものは、謎のまま残すという潔さか。最後のト書きも、なぜその人なのかよくわからなかった。

今年度は「主要な登場人物がシニア層」の作品が多く「演劇や劇団に関するもの」も増えているなと感じました。身近で実感しやすい題材は、ステレオタイプな物語にもなりやすいです。勇気をもって人間を深く掘り下げて欲しいと思いました。

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五戸真理枝


今回初めて最終選考委員をさせていただきました。応募作を読む時間は、作者のエネルギーと闘うような時間なのだと思いました。一次選考で私の担当した作品の中には、過去の戦争ではなく、これから日本が巻き込まれていく戦争をテーマにした作品も複数あり、時代に警鐘を鳴らす作者の強い思いをたくさん受け取りました。皆さまのメッセージに敬意を表します。そのような中で、最終選考に選ばれた作品は、自分ならではの思いやメッセージを、自分ならではの新鮮な演劇に仕立てて客席に届けようという、演劇を作る職人としてのこだわりを発揮された作品だと感じています。

『ブレイクウォーター Breakwater』は、構成の手腕に安定感を感じました。一方でその手腕によって、登場人物の人格が型にはめ込まれているように感じるところがありました。主人公の祖母の絹、下水道工事業者の遠田、アルバイトの尾川などは、主軸のドラマの外側に存在する人物ですが、戯曲の隅々の人物にまで性格描写などにこだわりがあると、さらに深みのある作品になるのではないかと感じます。

『昨日のことのように覚えてる』は、戯曲の仕立て方自体に面白さがあります。セリフが作り出すテンポもよく、読んでいて、心地よく物語に運ばれていく感覚がありました。磨かれたセリフをもう一段階推敲し、さらにこだわりぬくことで、演劇のスタイルを提示しようという作者の矜持をさらにはっきりと示せる可能性を感じます。

『加齢なる役者たち』には、作者ならではのエンターテイメント性が現れていました。売れていない俳優たちに寄り添った展開になっていますが、演劇界や成功者の描き方をもっとリアルにすると、より主人公たちへの共感が増すと思います。中盤以降は、場面を切り替えることで、ドラマを展開させているように感じましたが、少し場面を絞り、台詞、対話で見せられたら舞台表現として強くなるのではないかと思います。

『海ではないから』は、ロシアにルーツを持つ青年と、彼を取り巻く家族や友人、恋人たちの人間性が台詞のやりとりの中で丁寧に描こうとされていて、その力に引き込まれました。人間描写にこだわった対話は、俳優の魅力も引き出すことが出来るのではないかと期待します。長台詞の中に詩的な表現が出てきますが、面白いところと、理解が難しいと感じるところがありました。比喩や言葉の選択をもう少し磨けるかもしれません。

『Dive』は、同じ場面が何度も繰り返されていく過程に、作者自身の演劇を作る者としての生き様がそのままぶつけられているような、創作の悩みが開示されているような、生々しさを感じます。作者のおどろくべき正直な態度をすがすがしく思いました。このすがすがしさが、上演の際にどう作用するのか、強い興味がわきました。

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内藤裕敬


『ブレイクウォーター Breakwater』
資料をよく読み、情報を整理し、キャラクターを吟味して、作者は、御自身のやりたい事を物語にすることに成功した。けれど戯曲としては物足りない。構造や行間に面白味が欲しいかな。演劇を遊ぶ、演劇で遊ぶ。そこを意識すると、もっと良くなりますね。

『加齢なる役者たち』
かつての松竹・新喜劇のテイストで読みながら何度も笑えました。しかし、短い場面の往来が多く戯曲としてのスタミナに欠ける。挫折した俳優達のリベンジをワンシチュエーションで粘り抜く展開で踏ん張ると戯曲らしくなるのになぁ、健闘を祈る。

『昨日のことのように覚えてる』
上手!俺なんかより数段上手!シンプルな背景と仕組みなのに、会話が達者だから最後まで読まされちゃう。途中で、ふ、と思った。俺は何を期待して、この本を読んでいるのだろう?達者だからこそ、ハッとさせられる隠された奥行きに気づかされることを望みながら読んでいた。もう少し、いや、ジワジワ、ドンッ!と壊れて行かないものか?リアリティの内側に納まることの良さと、それを越える斬新さを味わいたかった。

『海ではないから』
ここでこう書いても、お読みなっている方にはわからないのだが、五十三頁が大いに不満。「なかなか、やるな!」そう思って読んでいたが、劇作家として勝負所の五十三頁目が!何故、主人公の独白で処理してしまったのか?十数行のセリフではなく、そのセリフ場面が観たい。読みたい。人物に踏み込んだ描写に戯曲としての文学性も成していただけに残念。何故、独白にした?大きなこだわりがあった?教えて!で、佳作。

『Dive』
最終選考で唯一、モチーフ主義で書かれている。劇構造の遊びが良い。あれや、これや遊びながら書いている姿勢が、またヨロシイなぁ。俺もそういう作法で書くので、その自由さ、発想の広がりを楽しめた。ところが後半に行くにしたがって迷いが出て来てる。どっちの方へ、どうやって発展させようか息苦しくなってくる。当初にあるテーマのようなものに、しがみつき過ぎた。そんなもん、どこか放り投げてしまえば、もっと面白い、未知なる結末へ辿り着けたろうに。で、佳作。

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 宮田慶子
 
全体的な印象として、戯曲として一番必要な「人間」の深い姿を想像させる、“今一歩の踏み込み”の弱さが気になる作品が多かった。
「口当たりがいい」だけの言葉ではなく、「その奥にある“何か”を感じさせる設定や言葉」こそが、戯曲として立ち上がってほしい。稽古場の演出家も俳優も、そのことを表現したくて切磋琢磨する。長い時間をかけ、想像力と創造力を使い、より深く「表現したい」人物を探し求める。
「上手いセリフ」が欲しいわけではない。「実(じつ)のあるセリフ」が欲しいのだ。そして「現象」や「物語」を書くのではなく、「ドラマ」を書いてほしい。本当に「書きたい」ものを書いてほしい。「書きたかったこと」がヒシヒシ、ぎりぎりと伝わってくる戯曲は、巧拙を度外視して読み手の心を揺さぶってくる。
そしてもっともっと「人間」に切り込んでほしい。膨大な情報やA Iや人間関係やあらゆることに「人間」が埋もれそうな今だからこそ、演劇が、戯曲が、「人間」に拘らなければと思う。そして戯曲を書く人間こそ、曇らない眼で、世の中を見ていて欲しいと願う。
・・・という願いと祈りを込めつつ。

『ブレイクウォーター Breakwater』は、それぞれの人物像がやや役割的になってしまって、選手一人の自殺をめぐるドラマとして物足りなさが残る。パワハラ、スポーツ界の上下関係、選手の過酷な節制なども、資料などを尊重したためか、社会現象を描いた以上のことが立ち上がってこない。メインになる人物がわからない。作者の視点が遠いように思える。

『昨日のことのように覚えてる』。冒頭の配役年齢についての制約の意味が、違和感として残った。「年寄り」を巡るさまざまな事象を描いてはいるが、具体的に思いを語ることと「年寄り」そのものの内面との距離に迫りきれなかったように思う。配役の重複と、設定上の二役の整合性が理解しにくかった。

『海ではないから』。人物の内面を描こうとする意思があり、そのためセリフも自然な個性が存在する。主人公が狂気に近いほど追い詰められていく過程も切ない。ウクライナやコサックが“動機”であったのか、「母との絆」を書くための要素であったのか、それともウクライナの現状への想いが目的なのか、混沌が混沌のままになっている。女性たちが魅力的である。

『加齢なる役者たち』。劇団・役者・演出家・プロデューサー・ギャランティなどの設定が、いささか乱暴であり、会話の内容も通俗的で、展開に共感しにくい。シーン展開の構成がご都合主義的に感じられる。落ち着いて、丁寧に書き上げると、楽しいエンターテイメントになるかもしれない。

『Dive』は、他の応募作とは手法が全く違う作品で、架空の空間で同じことが繰り返されながら、まるでシェルターの中のような閉塞感だけが繋がっていく。全ては“元劇団員”が台本を執筆しているその世界が立ち現れている形になっているが、そのこと自体が現実感はない。それぞれ“元”のついた5人の人物のセリフが良い。軸となる人物がいた方がまとまるかもしれない。演劇的な仕掛けの企みの勇気を評価したい。