掲載日:2022.11.30

「日本の劇」戯曲賞2022 最終選考委員選評

『日本の劇』戯曲賞2022最終選考委員選評 
 

「日本の劇」戯曲賞2022(主催/文化庁・日本劇団協議会)の最終選考会が2022年10月3日、日本劇団協議会会議室にて行われ、次のとおりに決定しました。
最終選考委員の演出家は、板垣恭一、内藤裕敬、中屋敷法仁、眞鍋卓嗣、宮田慶子の5氏(敬称略、五十音順)です。

              
【最優秀賞】 竹田モモコ 『他人』

           

今年度の応募総数は45作品。一次選考を経て最終候補作品として選出されたのは、次の6作品でした。

【最終候補作品】(受付番号順)

                   広島友好『アイドル☆オーディション!』
                   行人来人『心象風景の町』
                   福岡惠子『叱る人』
                   竹田モモコ『他人』
                   穴沢夢乃『少女のぬけがら』
                   柿沼岳志『忘れられたものたちの国で』

   
 ■【最終選考委員選評】■

「切実さと客観性と批評性」 板垣恭一

今回は悩みました。この戯曲賞がOKとするものの基準について、そして自分自身何を良しとして審査しているのかについて。選考会で他の審査員の方達の話を聞きながら個人的に再認識したことは「1、切実さ」「2、客観性」「3、批評性」の必要性でした。1はその戯曲を書く理由、すなわち核に当たるもの。2は1を踏まえながらも視野を広く持つための冷静な視点=物語性と言い換えてもいいかもしれません。3は1と2をクリアすると結果的について来るはずの普遍性のことであり、現代という時代及び人間に対する新しい切り口のことです。

『アイドル☆オーディション!』は理路整然とした構造が面白かったです。場所の設定やストーリーの仕掛けも上手でした。だけど1と3が希薄な気がしてしまいました。『心象風景の町』は不自由な身体の描写に強い説得力があり面白かったです。ただ男と影に主人公を分けた仕掛けがあまり効いてないと感じました。2が不十分なのかもしれません。『叱る人』は小学校の先生という仕事の大変さが切実に語られており面白かったです。教頭先生がもう少し描けていれば、他の先生たちとの立場の違いから物語に奥行きを与えられたのではないかと思います。『他人』は巧みなドタバタ劇で面白かったです。人物造形も好印象。さらりとした日常会話の中に人間の営みの陰影が見え隠れしていることも良かったです。ひとつだけ文句を言うなら物語上、最大の葛藤だったはずの部分が軽々と越えられてしまったことです。『少女のぬけがら』は少女というモノに対するこだわりが面白かったです。ただキャラクターの書き分けなどが怪しく。1と3がまだフワフワとしており、何より2が弱いと言う印象です。この作品に限らずですが、2はほとんどテクニックだと思うので作家の皆さんには何としても手に入れて欲しいです。『忘れられたものたちの国で』は何気ない日常会話の断片からミステリーやホラーやSF感が漂って来るところが面白かったです。深い切なさも感じました。ですが戯曲としては無駄な登場人物とエピソードが多くまとめきれていない印象です。やはり2が不十分だと思いました。

今回の最終選考ではジェンダーに言及しているものが6作品中4作品ありました。
「試練乗り越え型」より「現状肯定型」の物語が増えた印象を持ちました。第二次大戦を扱ったものがありませんでした。「演劇は現実の鏡である」という言葉を信じる自分にとって、この傾向は興味深く。作家の皆さまの引き続きの執筆を楽しみにしております。応募ありがとうございました。


-----------------------------------------------------------------------------------------------------


内藤裕敬


『アイドル☆オーディション!』
 わかりやすいストーリーが、わかりやすいからこそ面白い!になっていない。これは、わかりにくいストーリーが、わかりにくいからこそ面白い!になっていないのと一緒です。ちょっとイイ話の先の先に行って欲しい。

『心象風景の町』

 モノローグの文体にダイアローグを交差させることを意図的に狙って書いたのかなァ?実は、最後まで読まされちゃったうちの一作。言葉は巧みですね、書き慣れている感じがする。文章に慣れているのかなァ?ただ、戯曲となると弱い。モノローグがリアルでモノ珍しくない。何か劇的立体感のバネに欠ける気がする。惜しい!この方のダイアローグでつづられた作品を読みたくなった。

『叱る人』
 教育現場に身を置いたことのある方の作品なのかしら?先生方の裏事情が面白い。ただ、各所に戯曲としては稚拙に見えてしまう、読めてしまう部分が残る。TVドラマなら良いが、舞台ではどうか?戯曲を書き慣れると、この方、すごく面白い作品を書きそうだと思った。

『少女のぬけがら』
 幻想文学的展開に興味を持ったが、会話としての「ことば」が世界観を立ち上げる力に欠けると共に、全体を流れる美意識が、血と肉と温度を持たない気がする。あえて、それを舞台でやろうとしたなら作戦が無さすぎる。アニメや映像の世界観から出て来ない。

『忘れられたものたちの国で』
 達者!最後まで集中して読めた。面白かった!なのに何故?何が大賞を遠ざけたのか?
クリーニング店の忘れ去られた衣類とポッケの中の品々。登場人物達の忘れ物。それら全てが色を失っているところかな・・・。感傷に終始する物語がギクッとするどこかへ辿り着いて欲しい。

『他人』
 良く書けている。台詞も上手で面白い。センスある。何より必要以上の無理をしていない。ギリギリの無理をしようと思ってる。それが、あるマトマリみたいなものを生んだ。いや待て!必要以上の無理をして欲しい!その、やり方があるはずだ!あんたならできる!大賞、おめでとうございます。

-----------------------------------------------------------------------------------------------------

『叱る人』と『少女のぬけがら』を推す。
中屋敷法仁


『叱る人』『少女のぬけがら』。選考会で強く推薦したのはこの二作品だ。
コロナ禍における教育現場の生々しい情景を描く『叱る人』は、教員同士の些細なやりとりから、時代や世代の間で生まれるコミュニケーション摩擦を描く良作だ。誰かを「叱る」というひとつの行為。その有効性、必要性、加害性を大いに考えさせられた。ただ、舞台で上演する作品としては劇進行にさらなる緩急、起伏が求められる。さらに立体感のある構造が欲しい。
『少女のぬけがら』は、その扇情的なタイトルにも耐えうるだけの、独自の世界観を貫き通す快作。十四歳の少女の祭「さなぎまつり」が行われる街で、秘密基地に集う4名の少女たちの成長を詩的な台詞や歌で描くダークファンタジーだと感じた。しかし「少女」というモチーフそのものは、使い古されたものであり、これまでに日本で発表された戯曲と比べると、真新しいものが見当たらない。令和にしか描くことのできない、新たな「少女」像を描くことで、さらなる広がりを持ちうる作品だと思った。
『アイドル☆オーディション!』は、今や世界市場となったアイドル産業の中で「日本」のアイドルをどう描くか期待した。ところが、オーディション(選考)を通じ、自己の本質と対話していくという構成は単調で、意外性を感じなかった。
独自の劇言語が軽やかに氾濫する『心象風景の町』は、一人の人物の知覚、感覚、記憶や妄想を手がかりに進行する挑戦作だ。いわゆる「読み物」としては最も面白く読めたのだが、残念ながら、劇場空間で俳優が演じる作品として、手法が効果的とは思えなかった。この物語を観客に届ける、劇作の工夫が必要だ。
クリーニング店を舞台に、移ろいゆく時の流れや、さまざまな思いを抱いた人物を丁寧に描く『忘れられたものたちの国で』。人物の心情や背景を描こうとする故か、登場人物の配置と登場・退場が散漫で場当たり的な印象を受けた。一人の人物、一つの事件にもっと注力してもよかった気がした。
最優秀賞を受賞した『他人』は、最後まで推すことはできなかった。本作の劇作としてのクオリティは、他の候補作よりも優れていた。私がどうしても推せなかった点はひとつ。本作では性的マイノリティに属する人物が現れる。その人物に対して明らかなアウティングが行われ、また、その言動が肯定的な(ある意味、理想的な)描かれ方をしている点だ。本作は劇作のクオリティの高さから上質なヒューマンドラマ(あるいはコメディ)と読めてしまう。性自認に関する問題について、そのような形に「読めてしまう」点に、どうしても納得ができなかった。(あくまで私の読解であり作家の真意はわからない)。本作は最優秀賞受賞作品として劇場で上演されることが決定している。上演に向けてさらなる推敲が行われ、また多くの観客の批評に出会うことを望む。

 -----------------------------------------------------------------------------------------------------


眞鍋卓嗣


戯曲は俳優が舞台上で演じることが前提となっている。俳優は物語を伝えるだけが役割ではない。その身体と魂を持って舞台上で生きるのである。演劇最大の特徴は、俳優同士が相乗効果を起こしながら放つ演劇的エネルギーである。それはまるで化学反応のように、舞台上で常に新しく生まれるものであり、その放出される新鮮さを生で目撃することが、他ジャンルでは得られない面白さであり魅力である。逆説的に言えば、映画やドラマ、ゲームなど他ジャンルに比べてアナログかつ不自由な条件下で行われる演劇で、最後まで観客を引きつけ魅了するにはそのエネルギーが不可欠である。化学反応のようなものであるだけに、劇作家も演出家もある意味の仕掛けをし、その結果を期待する存在だとも言える。舞台における俳優とは何か、を知った上で書けるかどうかが第一義的かつ重要なポイントだと考える。

最優秀賞となった『他人』はその台詞のうまさに確かな腕をみた。それとない言葉の選び方にそれぞれの人物の奥行きが感じられた。俳優も想念を感じやすく、舞台上で生きやすいに違いない。世代も価値観も隔たりがある人物たちの交流が喜劇的に展開していくが、若い世代を突き放す上の世代ではなく、現代の感覚を理解しようとするが根本的な理解はやはり難しい、というあたりを描いたのが今を感じさせる。楽しく読んだがどこかで大きな問題がこちらを覗いている感覚があり、絶妙であった。
 『叱る人』にも票が集まった。改稿したら良い作品になる可能性が高い。小学校教員の日常や問題がリアルに描かれていて惹きつけられた。「叱る」というテーマも現代的で面白い。気になったのは登場人物が具体的に見えてこない、という点である。年齢や目的、役割はわかるのだが、どんな風貌なのか、どんな「味」を持っているのかが見えにくい。それぞれが少し硬く感じ、深く描き分けられていないと感じた。人物の性格や心理を深く追い、この場合どのような振る舞いや物言いをするか等を詰めていくと良い
のではないだろうか。
 『アイドル☆オーディション!』は人間描写が説明的で一面的に思えた。物語をまとめる力があるが、作者の意図が前面に出ていてご都合的に感じる部分が多かった。生きた人間をどう創出するか、という観点から考えてみてはどうか。アイドルを題材にしているが現在のアイドルの実像を捉えていないようにも感じた。
 『忘れられたものたちの国で』は台詞や設定も良く、冒頭から期待が膨らんだが、中盤から散漫さが感じられた。これもやはり演劇での上演を前提としているかどうかがポイントになるだろう。演劇よりも映画に近いと感じた。窓から見る少女のモチーフは大変おもしろい。
 『少女のぬけがら』は演劇的な作品全体のまとめ方に力を感じた。終盤、蛹が羽化するように後ろから抱かれた腕をすり抜ける描写が印象に残った。ただ、巫女の儀式の設定や、かごめかごめのモチーフなど既視感のあるものが多い。人物の行動にも心理的な無理を感じ、作者のご都合的な運びを感じた。
 『心象風景の街』は力作。半身麻痺の男の心理や行動がリアルに描かれ、とてつもない圧を感じた。構成力も筆力もあり素晴らしいが、舞台上演となると構造に工夫が必要だと思った。右脳と左脳という設定に期待したがあまり効果的には感じなかった。演劇というより小説のような読後感があった。

上演を目的とした劇作(しかも賞に値するかどうか)となるとこのような講評となったが、どの作品も創意工夫がみられ、書きたいことやテーマもしっかりしている。一つ一つ個性を持った「作品」であり、それを創出したこと、書き上げたことに心から敬意を表したい。

----------------------------------------------------------------------------------------------

 宮田慶子
 
2010年から回を重ねてきた「日本の劇」戯曲賞は、今年で13回目を数えました。今年度は応募作45作品。一次審査で選ばれた6作品を巡って、1作品ごとに丁寧な討議を重ね、最終的に『他人』が最優秀賞に選出されました。
2020年、2021年と、残念ながら最優秀賞が選出されずにいたので、「作品の上演」が正賞である「日本の劇」戯曲賞としては、大変嬉しく思います。生み出された戯曲が、舞台で上演され、観客の皆様と共有するという決着まで進化することを、今から楽しみにしています。
コロナ禍の中、世界規模の閉塞感の中で、「戯曲」という世界に「今」を封じ込めようとするエネルギーに、まずは敬意とエールを贈りたいと思います。
最終選考に残った6作品について・・・。
『アイドル☆オーディション!』は、アニメ、ゲーム、アイドルグループの主催舞台を思わせる作品です。「選ばれる」ことにのみ人生をかけている虚しさに触れない「現代っぽさ」はあるかもしれませんが、葛藤が深まらないもどかしさが残ります。
『心象風景の町』は、左脳と右脳をそれぞれに別の姿を与えて会話させていくという設定アイデアは面白いのですが、それが明確なテーマとして生かされません。言語に依存する分量が多く、「脳内劇場」と言った感があり、戯曲より小説の方が表現手段としては合っているかもと想像しました。
『叱る人』は、小学校の教育現場に次々と起こる問題に、教師たちが振り回され、立ち向かう姿を、粘り強く積み重ねています。教師たちが息をつきにやってくる「空き教室」一室を設定して、それが学校全体、歪んだ教育現場のなかの、ほんの小さな隙間のように思わせて秀逸です。みどり先生と教頭の過去の関係が唐突に明かされたり、教頭が突然モノローグになったり、不自然な印象が残ります。
『少女のぬけがら』は、台詞が観念的な硬い言葉で語られ、少女の描き方や、男性の描き方、カゴメカゴメの使い方は類型的な印象です。少女たちの秘密基地への郷愁という動機に頼りすぎて、ドラマの奥行きが作れない弱さを感じます。森の中の少女たちの秘密の集会が、やがて町全体を魔女狩り裁判に包む不朽の名作、A・ミラーの「るつぼ」を思いました。
『忘れられたものたちの国で』は、クリーニング店を設定した意図がもっと生かされると良かったです。窓から顔の見える女の子の話、洗濯機の回転、母親の記憶、ひき逃げ事件と自殺、引き取り手の来ない衣類など要素は盛り沢山なのですが、それらが曖昧な情緒で繋がっているだけで、その関連性を探すために後半に長台詞で説明になり、場面のバランスを崩しています。
優秀賞作品『他人』は、生活感のある人物たちが魅力的です。母親のはつ江が、あまりにも寛容に、娘の同性恋人との関係を受け入れるのが、理想的すぎて説得力に欠けるように思えます。許容する背景が母親の造形に感じられると奥行きが出たのではないでしょうか。


----------------------------------------------------------
文化庁委託事業「令和4年度次代の文化を創造する新進芸術家育成事業」
日本の演劇人を育てるプロジェクト 制作:公益社団法人日本劇団協議会