掲載日:2019.12.11

「日本の劇」戯曲賞2019 最終選考委員選評new

『日本の劇』戯曲賞2019 最終選考委員選評  



「日本の劇」戯曲賞2019(主催/文化庁・日本劇団協議会)の最終選考会が2019年10月3日、日本劇団協議会会議室にて行われ、最優秀賞が次のとおりに決定しました。
最終選考委員の演出家は、板垣恭一、上村聡史、内藤裕敬、中屋敷法仁、宮田慶子の5氏(敬称略、五十音順)です。

            
                【最優秀賞】 島ハンス 『ガラスの部屋のミューズ』


最優秀賞受賞作品は贈賞として、2020年度に恵比寿・エコー劇場にて上演されます。演出は中屋敷法仁氏の予定です。
なお、今年度の応募総数は53作品。一次選考を経て最終候補作品として選出されたのは、次の7作品でした。

             

                   【最終候補作品】(受付番号順)

                    七坂 稲   『たらちねの僕』
                    園部まりあ  『全部、在る。』
                    高橋よしえ  『分けて数えるだけの手作業』
                    工藤 舞   『かちかち山異聞』
                    相馬聡廣   『待雪草の咲くころ』
                    島ハンス   『ガラスの部屋のミューズ』
                    野内由紀生  『ノガミの獣』

                              

■【最終選考委員選評】■

題材とテーマは違うものです
板垣恭一


『たらちねの僕』はセリフの随所に力を感じました。LGBTを扱うことも良いと思うし、各キャラも好きです。ただし「後は三人姉妹で」という着地点に物足りなさを感じました。『全部、在る』は会話の運びが上手です。ちょっとしたネタも好みです。でも何が描きたかったのでしょう。捨てる神あれば拾う神ありと? 『分けて数えるだけの手作業』での、子育ての苦労を取り上げる趣向は良いと思います。ただし何も起きていないに等しい展開がなんとも。ラストの盆踊りで、水に流して終わりってことでしょうか。ここまでの作品に共通して感じる不満は「現状肯定」をオチとして安易に使っていませんか?ということです。平和な時代という認識なのか、あるいはテクニックとしてただ使っているだけなのか。『かちかち山異聞』の「憎しみの連鎖を止められない人間たち」というテーマは意義があると思います。しかし環境破壊する本物の「人間」が出てきて、動物たちの擬人化という仕掛けが破綻しました。『ノガミの獣』はかっこいい台詞回しと大胆なシーン構成が面白いです。しかしキャラクターの書き分けがアバウトで、テーマも錯綜し矛盾も感じます。『待雪草の咲くころ』は選評会終了後に明かされる作家プロフィールにより、以前、同じ題材で応募された方の作であったと知りました。そのチャレンジはとても嬉しいです。人物造形も丁寧でした。しかし題材を料理しきれていません。戦争を使って何を描きたかったのでしょう。『ガラスの部屋のミューズ』は主人公男子の言葉に一定のリアリティを感じます。無口なヒロインも魅力的です。が、結局、彼女が何者なのかが描ききれておらず、仕掛けを回収できていないという印象でした。総評です。今回は扱われる題材がキャッチーでした。「LGBT」「ガン」「高齢者詐欺」「子育て」「環境破壊」「戦争」「孤独」などなど。でも皆さん題材をテーマと勘違いしてないでしょうか。「差別はいけない」「命は大切」「戦争繰り返すまじ」「弱者にやさしく」そんなこと誰でも知っています。題材はあくまで題材。それを使って何を物語るかが戯曲を書く意味と思いますがいかがでしょう。全員に可能性は感じました。もう一歩だけ踏み込めば、面白くなりそうです。その一歩とは『見たことのない、もしくは見たくなかった自画像(=自分あるいは世界あるいは人間)への意識』と僕は考えています。またお会いできますことを。


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物の背景はテーマを越境する
上村聡史


劇団の研究生だったの頃、講師の演出者から「役の年表を作るのはもちろんのこと、日々の稽古でその役が今まで生きてきたなかで、大きく感情を揺さぶられた言葉を誰に言われ、いつ言われ、何と言われたか、記せるように」と言われ、今でもそれを大事に自身の演出でも活かしている。もちろん、これは俳優に向けての言葉だったが、今回の選考に残った多くの作品は、テーマやモチーフは優れていたものの、登場人物がどういった背景や生活感・人生観を持っているのかがよく見えなかった。それは、なにも日常生活を切り取ったようなタイプの作風に限らず、群読やアンサンブルを用いても同じことだ。個人やグループがどういった背景や目的をもって登場しているのかがわかりづらかった。人物を細かく分析することは、作家が据えたテーマやモチーフと拮抗ないし越境する言葉と劇的な瞬間が生まれる要素がある。物語が人物の動機を持った発語によって構成される以上、登場人物の背景を徹底的に創造・想像することが、説得力を持つドラマになるのではないかと思う。
受賞作になった『ガラスの部屋のミューズ』でいえば未熟な若者たちが生きることや他者と関係をとる際の不安定さに妙な説得力があった。そのぶん、中盤から現れる40代の“叔父さん”役が物語を回収するだけの説明役になってしまい、この存在の意外性をもっと想像してもらいたかったと思う。そして、物語の鍵となる“ルネ”の造形がややステレオタイプで、偶像というイメージの域を越える説得力が欲しかった。とはいえ、虚実がグレーのまま進むサスペンス性や、“サル山”といったメタファーの扱い方は見事だった。私が押したのは『全部、在る』であり、この作品は人物の背景をよく想像しているなと思った。そして全く違う生き方をしてきた孤独な女性二人が病院の一室で一晩だけ相部屋になるというありがちな設定も、生に疲れた二人の女性を据えることで刺激的な掛け算になっていた。人生で出会うことのないような二人が入院という状況で繋がっている保証があるため、冒頭から続くどうでもいい話をずーっとしてもらいたかった。何も被害者と加害者の息子というエピソードで結びつける必要はなかったと個人的には思う。繋げないことで、よりこの女性二人の孤独や戦後を生きてきたであろう生き様といった台詞以上の情感が想像でき、何よりも作者が狙った星空を見上げる光景が効いたのではないかと思った。


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内藤裕敬(南河内万歳一座)


『たらちねの僕』性同一障害の兄のカミングアウトによる家族の混乱を描いている。妹と姉の反応の大きな誤差。友人関係に入るヒビ。とても巧みに物語は進む。巧みが整理整頓されているのが気になる。妹が兄に浴びせる言葉が論理的に整いすぎている。LGBTに対する作者の思いがドカン発射されて小気味良いが、そここそが混乱してほしい。用意されすぎた論理展開が、演劇の幅を狭くしていて残念。
『全部、在る。』会話がうまい。よく遊ばれている。言葉も楽しい。けれど、劇構造がほどけすぎ。都合が良すぎる。会話が、これほど面白いのは、書き慣れている証拠。ならば緻密な劇構造の上で、それができればなあ。
『分けて数えるだけの手作業』ベルマークって、まだあるんっスね。そして、その作業の非効率と細かさに驚いた。それを行わなければいけない幼稚園のお母さん方の関係性もディスコミュニケーションの縮図だ。とても面白いモチーフ。しかし、それが作品の背骨に成りきれてない。ベルマークの不条理が物語を全体に立体化できていない。分けて数えるだけの手作業が、別の様々に見えて来ない。そこだな。
『かちかち山異聞』御存知、あのタヌキとうさぎのお話し。その後日談である。これが、現代社会の暗喩として展開するわけなのだが、大胆なぶっ壊しが無い。何か教訓じみた話になっちゃうと損しちゃう気がする。タヌキとうさぎに設定を借りた以上が見え隠れしないかなあ。
『待雪草の咲くころ』日系アメリカ人のカメラマン、ハリーと広島のドキュメントがモチーフになっている。有名なエピソードだ。それ以外に広島と原子爆弾の様々も世界に広く知られている。あえて、この題材にチャレンジするのなら、これまでに無かったアプローチと問題意識を、演劇は問う。重要な人類のテーマだからこそ感傷やロマンチズムを越えた地点を目指せないかなあ。
『ノガミの獣』今回、最終選考に残った中で、唯一の幻想文学的な劇世界。大いに楽しんだ。もっとやれ! もっとやらかせ! と思って読んだ。しかし、ちょっと世界観が古い。それも俺は、うれしがっちゃったんだけど、二十一世紀に通用する劇的幻想を捜して欲しい。戦時中、上野動物園から逃げた黒ヒョウを逃がした飼育員のエピソードが、戦下のマダラ島-捕虜達の脱走事件-シートンの書かれなかった動物記の一話…と展開するのが面白い。けれど、そうまとめちゃうと面白くない。かなり可能性持った作家だと思うよ、この人。健闘を祈る!
『ガラスの部屋のミューズ』猿山のエピソードが二回出てくる。上野動物園のそれと、おそらく高崎山。二つ出すんだから作者の中で自覚的に構造化されていると思い読んだ。そうすると、とてもよく書けている。物語から透けて見えてくる作者の思いが多々イメージできる。同時に、オヤッ! ならば、この登場人物がこれでいいのか?ってのも考えちゃう。アマイよな、これじゃ。とも思う。しかし、4人という少ない登場人物をはっきりと色分けして良く書いたと思う。願わくは、あらかじめ自身の持つ結論めいたものへ向かって書き始めるのではなく、それを越える為に書き出してほしい。ラストシーンが変わってくると思う。受賞、おめでとうございます。
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宮田慶子(青年座)

開催十回目を迎えた「日本の劇」戯曲賞2019は、幅広い地域、年齢層から53作品の応募があり、第一次選考で7作品に絞られたのち、最終審査が行われた。
応募作品はどれも、作風や書き方、テーマがかなり違っていて、その多様性が嬉しかった。今年も、五人の審査員による討議は、1作品ずつ丁寧に、作品の主題、その扱い方、展開のさせ方、人物の配置、セリフの文体、熱量、切り込み方、魅力、欠点などなど・・・それぞれの視点や演劇論まで内容は広がりながら、話し合いが重ねられた。
今回は、島ハンス氏の『ガラスの部屋のミューズ』が最優秀賞に決まった。
謎を含んだ美少女ルネに引き寄せられるように集まった初対面の人物たちが、ルネと関わることから自分の固執した生き方の自己満足さに気付いていく。観念的なテーマを、ルネの非現実的な存在感を軸にしつつ、他の人物の現実感・具体感と両立させるのが難しくもあり、このアンバランスが成立したら、そしてまたその境界線が曖昧になっていったら、本作品の魅力は出るだろう。取り巻く人物それぞれの次第にむき出しになっていく「過剰さ」があった方が構造ははっきりするかもしれない。独自の世界観を持った作品なので、上演が楽しみである。
惜しくも選を逃した6作品・・。『たらちねの僕』は性同一性障害や乳がんといった設定を、どこに持って行きたかったのかわからなかった。それぞれを「認知」してもらうための「説明」や「言い訳」に留まってしまった。「仲のいい兄弟姉妹」に結着するだけではドラマにはならない。                                 
『全部、在る。』は、会話に面白みがあるのだが、詐欺の被害者と加害者の母が、同じ病室に入院したり、望遠鏡を持って屋上に行ったり、と設定や展開が「ご都合主義」になっている。無理な設定では、人物の内面には共感できない。
『分けて数えるだけの手作業』は、タイトルから想像する「果てしのない徒労感」以上には、世界が広がらなかった。人間関係が散文的なので、「核」がないままの「風景」になる。ベルマークを数えることが、別の何かとシンクロすると広がるかもしれない。
『かちかち山異聞』は、「あえて今、動物の擬人化」という点に期待をしたが、共存共生、怒り恨みの連鎖を断つ、など、一般的な教示にとどまった。
『待雪草の咲くころ』は、幽霊の同席などの工夫はあるのだが、評伝劇として、対象である人物への作者独自の批評眼が弱い。
『ノガミの獣』は、かつてのアングラ的な幻想性に挑戦しているが、「檻」の定義に今日性が感じられない。自分の足で立ってみてほしい。

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文化庁委託事業「2019年度次代の文化を創造する新進芸術家育成事業」
日本の演劇人を育てるプロジェクト 制作:公益社団法人日本劇団協議会



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